2026年2月3日。ソフトウェア業界にとって、忘れられない一日になった。
SaaS関連株が一斉に暴落し、わずか1日で約43兆円の時価総額が消えた。
S&P 500のソフトウェアインデックスは1日で13%の下落。歴史的な暴落だった。
SNSでは「SaaS is Dead」がトレンド入りし、日本でもラクス(-13.5%)、Sansan(-12.5%)、freee(-9.0%)と軒並み急落。「SaaSの死」という言葉が一気に広まった。
でも「SaaSが死ぬ」って、本当にそうなのか。
何が起きて、何が変わろうとしているのか。一度、冷静に整理してみたい。
きっかけはAnthropicの「Claude Cowork」
事の発端は、AI企業Anthropicが発表した「Claude Cowork」というツールだった。
(参考:Anthropic公式サイト)
Claude Coworkは、非エンジニアでも使えるAIエージェントツール。PCのデスクトップ環境を操作して、複数ステップにわたるビジネスワークフローを自律的にこなす。
これまでの「AIアシスタント」とは、根本的に違う。
従来のCopilot型は「人間が指示して、AIが補助する」ものだった。
Coworkは違う。タスクを渡せば、AIが自分で判断して完了まで持っていく。
1月12日にCoworkがリリースされ、1月30日にはオープンソースの業務プラグインが11本公開された。
そして2月3日、法務特化型のプラグインが追加される。
契約書レビュー、コンプライアンス管理、法的文書の作成——。
これまで高額な専門SaaSが担ってきた領域に、AIエージェントが直接踏み込んできた。
市場はこれに反応した。それも、かなり激しく。
なぜ「SaaSの死」と言われるのか
SaaS(Software as a Service)のビジネスモデルは、基本的に「ID数 × 月額料金」で成り立っている。
社員100人の会社なら、100アカウント分を契約する。これがSaaS企業の収益の柱だった。
でもAIエージェントが業務をこなすようになったら、この構造が崩れる。
AIが100人分の仕事をしたら、100人分のIDは要らない。
極端な話、エージェント1つあればいい。
しかもCoworkのようなツールは、既存のSaaSの「画面」を使わない。APIを通じて直接データを処理する。人間のために作られた操作画面という、SaaSの根幹にある価値が不要になる可能性がある。
投資家はこの構造変化を織り込みにいった。結果が、43兆円の暴落だった。
(参考:SaaSは死ぬのか?暴落のソフトウェア関連株の今後)
「SaaSの死」は本当か
個人的には、「死」は言い過ぎだと思っている。
Fortuneの記事でも指摘されているように、AnthropicやOpenAIがSaaSを殺すわけではない。
ただし、既存のSaaS企業が今のままでいいわけでもない。
(参考:Anthropic and OpenAI aren’t killing SaaS — Fortune)
実際に起きているのは、課金モデルの転換だ。
従来の「シートベース」(ID課金)から、こんなモデルへの移行が始まっている。
- シート+ワークモデル:基本料金(人間のID)に加えて、AIの作業量に応じた従量課金
- ワークオンリーモデル:APIコール数や処理データ量だけの従量課金。人間の操作画面は不要
つまり「SaaSの死」ではなく、「SaaSの課金モデルの死」と言ったほうが正確だ。
ソフトウェアの価値が「使いやすい画面」から「結果を出す能力」に移る。
この変化に対応できたSaaS企業は生き残るし、できなければ厳しくなる。それだけのことだと思う。
これからどうなるか——具体的に何が変わるのか
2月3日の暴落から2週間。株価は少しずつ落ち着きを見せている。
ただ、構造的な変化は止まらない。
むしろ、ここからが本番だと思っている。具体的に何が変わるのか、整理してみる。
大手SaaS企業はすでに動いている
SalesforceはAIエージェント機能「Agentforce」を全面に押し出し始めた。
すでに18,500社が導入し、うち9,500社以上が有料プランを契約している。Salesforce史上最速で成長しているプロダクトだ。
2月23日リリースの「Spring ’26」では、営業・サービス・データ分析をAIエージェントで統合する「Agentic Enterprise」構想を打ち出した。
MicrosoftはCopilotをOffice、Azure、Dynamics 365の全方位に統合。
さらに「Agent 365」という新しいプラットフォームで、Microsoft・ServiceNow・Adobe・Workdayなど複数のAIエージェントを一元管理する仕組みを作り始めている。
OpenAIも2月5日に「Frontier」というエンタープライズ向けAIエージェント基盤を発表。
HP、Oracle、State Farm、Uberがすでに導入を始めており、ある金融企業ではクライアント対応チームの時間を90%削減できたと報告されている。
(参考:OpenAIも「SaaSの死」促す AIエージェント基盤「Frontier」発表 — 日経クロステック)
つまり大手SaaS企業は「死ぬ」のではなく、「AIエージェント対応」に全力でシフトしている。
課金モデルが根本から変わる
これまでのSaaSは「1ユーザーあたり月額○○円」。
人数が増えれば売上が伸びる、シンプルなモデルだった。
でもAIエージェントが業務をこなす世界では、「人数」という単位が意味をなさなくなる。
すでに新しい課金モデルの導入が始まっている。
- 従量課金型:APIコール数やデータ処理量に応じて課金。「人の数」ではなく「仕事の量」が基準になる
- 成果課金型:「リードを○件獲得」「契約書を○件レビュー」など、結果に対して課金する形式
- ハイブリッド型:人間のID課金+AIの作業量課金を組み合わせる。移行期のモデルとして最も現実的
Gartnerは「2026年中に70%の企業がID課金より従量課金を好むようになる」と予測。
IDCも「2028年までに純粋なID課金モデルは廃れる」と見ている。
PitchBookはこの変化を「SaaS(Software as a Service)からSaS(Service as Software)への移行」と呼んでいる。
ソフトウェアが「サービスを提供する道具」から「サービスそのもの」に変わるということだ。
日本のSaaS企業も動き始めている
暴落の影響を受けた日本のSaaS企業も、ただ手をこまねいているわけじゃない。
ラクスは社長が「AI First」を全社方針として宣言。
「SaaSとAIエージェントは役割分担で共存する」というポジションを取りつつ、SaaSの中にAIエージェントを組み込む「Embedded AI」戦略を進めている。
25期連続増収、ARR 500億円という実績が、その自信の裏付けだ。
Sansanはもっと大胆な舵を切った。
「機能勝負」から「データ勝負」への転換を宣言。800万社以上の企業データベースを武器に、AIエージェントがSansanのデータにアクセスできるMCPサーバーを提供する方針を発表した。
「SaaS is Deadはむしろチャンス」と言い切っている。
freeeは共同創業者をCAIO(Chief AI Officer)に据えて、AIエージェントによる「まほう経費精算」をリリース。SaaSの設計思想自体を「人間向け」から「AI運用に最適化」へと変えようとしている。
日本のSaaS企業に共通しているのは、「AIに殺される」ではなく「AIを武器にする」という姿勢だ。
生き残るSaaS、厳しくなるSaaS
全てのSaaSが等しく影響を受けるわけじゃない。
厳しくなるのは、「きれいな画面」だけが価値のSaaS。
AIエージェントにとって画面は不要だ。APIが整備されていないSaaSは、この波に乗れない可能性が高い。
逆に、独自のデータや業界特化の専門知識を持つSaaSは強い。
AIエージェントは道具であって、「データ」や「業界ノウハウ」は自分では持っていない。
そこに価値があるSaaSは、むしろAIエージェント時代に需要が増えるだろう。
例えば医療、法務、会計など、専門知識とデータが核になる領域。
こういう分野のSaaSは簡単には代替されない。
個人・企業として見ておくべきこと
今のうちから意識しておくべきことを、自分なりに整理してみた。
- 使っているSaaSのAI対応状況を確認する:APIは整備されているか。AIエージェント連携のロードマップはあるか
- 「画面を使わない業務フロー」を意識する:AIエージェントに任せられる業務を見つけて、少しずつ自動化を進める
- 課金モデルの変化に注目する:契約更新時に従量課金オプションが出てきたら、切り替えを検討する価値がある
- AIエージェントを「もう一人の社員」として考える:ツールではなく、業務を任せる相手として捉え直す。そうすると使い方が変わってくる
SaaSは死なない。ただし「人間のための画面」を売るだけのSaaSは、確実に淘汰されていく。
変化は確実に来る。でもこれは「恐怖」ではなく「チャンス」だ。
正しく理解して、備えればいい。そう思っている。
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