AppleがGoogleと年間約10億ドル(約1,000億円)の契約を結んだ。Siriの中身をGoogleのGeminiに入れ替える。
(参考:Apple picks Google’s Gemini to run AI-powered Siri | CNBC)
一方、Metaは年間10兆円以上をAIインフラに投資して、自社でLlamaを作っている。
AIモデルは「買う」のか「自分で作る」のか。今、あらゆる企業がこの決断を迫られている。
「作る」にはいくらかかるのか
まず、AIモデルをゼロから作るコストを見てみる。
GoogleのGemini Ultraはトレーニングだけで約1億9,100万ドル(約280億円)。OpenAIのGPT-4は約7,800万ドル(約115億円)。これは計算資源のコストだけだ。
(参考:Gemini Ultra Cost $191 Million | Fortune)
人件費を入れるともっと膨らむ。トップクラスのAI研究者の年収は100万〜1,000万ドル以上。OpenAIは約7,200人、Google DeepMindは約7,600人の従業員を抱えている。
さらにGPUの確保が必要だ。GPT-4のトレーニングにはA100 GPUが約25,000基、約3ヶ月(90〜100日)かかった。
フロンティアモデルを1つ作るのに、数百億〜数千億円。開発期間は1〜2年。これが「自分で作る」のリアルなコストだ。
「買う」にはいくらかかるのか
一方、APIで使う場合はどうか。
2026年現在、GPT-5.2は入力100万トークンあたり1.75ドル。Claude Opusは5ドル。企業のAI支出の平均は年間約100万ドル(約1.5億円)程度だ。
(参考:AI Cost for Businesses 2026 | Zylo)
もっと大きな規模の契約もある。AppleはGoogleに年間約10億ドル。MicrosoftはOpenAIに合計138億ドルを投資。AmazonはAnthropicに80億ドル。
「作る」場合、トレーニングだけで平均約200億円。人件費やGPU調達まで含めると総額は数千億円に膨らむ。一方、APIで「買う」場合、一般企業の平均支出は年間約1.5億円。コスト差は100倍以上。圧倒的に「買う」方が安い。
各社の決断を比較する
実際に各社がどちらを選んだのか、整理してみる。
「作る」を選んだ企業
- Meta:Llamaを自社開発してオープンソースで公開。年間のAI設備投資は約10.8兆円(2025年実績720億ドル)、2026年は約17〜20兆円に拡大予定。ダウンロード数は10億回を超えた。全社の製品に使えるから、長期的にはAPI代を払い続けるより安くなるという計算だ
- Google:DeepMind(約7,600人)でGeminiを自社開発。さらにそのモデルをAppleやSamsungに売っている。作って、売る側だ
- NTT:日本語特化の「tsuzumi」をフルスクラッチで開発。NTTグループ全体の成長投資として5年間で約8兆円を計画(AI・IOWN・データセンター等を含む)。日本の法規制への完全準拠と、トレーニングデータの主権確保が理由だ
「買う」を選んだ企業
- Apple:Googleと年間約1,000億円でGemini(1.2兆パラメータ)を採用。ホワイトラベル契約でユーザーにはGoogleの名前が見えない。ただし、将来的には自社モデルに置き換える計画と報じられている。「買う」は橋渡し戦略だ
- Samsung:Galaxy AIにGoogleのGeminiを統合。2026年末までにAI対応端末8億台を目指す。自社でモデルを作るより、Googleに任せて端末の数で勝負する判断
「投資して組む」を選んだ企業
- Microsoft:OpenAIに合計138億ドルを投資。現在の持ち株価値は約1,350億ドル。約10倍のリターンだ。OpenAIはAzureを2,500億ドル分使う契約も結んでいる。投資しつつ、自社のクラウドに顧客を囲い込む戦略
- Amazon:Anthropicに80億ドルを投資。さらに110億ドルのAIデータセンターを建設。自社チップ(Trainium 2)でClaudeを動かし、AWS経由で顧客に提供している
- SoftBank:OpenAIに410〜646億ドルを投資。史上最大規模のAI単独投資。Nvidia株を58億ドル分売却してAIに全振りした
「作ろうとして失敗」した例
Teslaの話は教訓になる。
自動運転AI用に独自スーパーコンピュータ「Dojo」を6年かけて開発した。でも2025年8月に「進化の行き止まり」として開発を中止。結局NVIDIAのGPUに切り替えた。
(参考:Tesla Dojo: The Rise and Fall | TechCrunch)
「作る」を選んでも、成功する保証はない。
決断を分ける5つの要素
各社の選択を見ていくと、判断を分けるポイントが見えてくる。
① コスト:短期 vs 長期
短期的にはAPIで買う方が圧倒的に安い。年間約1.5億円のAPI利用で済むところを、自社開発なら数千億〜数兆円かかる。
ただし超大規模に使うなら話が変わる。Metaの年間約10.8兆円の設備投資は全社製品に使えるので、長期的にはAPI代を払い続けるより安くなる計算だ。
② 人材:そもそも確保できるか
AI人材の需要と供給の比率は3.2対1。求人160万件に対して有資格者は51万8,000人しかいない。AIエンジニアの採用には平均142日かかる。一般エンジニアの52日に比べて約3倍だ。
さらに定着も難しい。OpenAIの定着率は67%。MetaはOpenAIから人材を引き抜くために1億ドルの契約金を提示したという報道もある。
自社でモデルを作りたくても、作れる人がいなければ始まらない。
③ スピード:市場投入までの時間
APIなら数日〜数週間で統合できる。フロンティアモデルの自社開発は12〜24ヶ月以上。
Appleがまさにこの判断をした。自社でAIを作る力はあるが、Siriの競争力が急務だった。だから「買う」を選び、自社開発は並行して進める橋渡し戦略を取った。
④ データの管理
自社で作れば、トレーニングデータの完全な管理が可能になる。NTTが「tsuzumi」をフルスクラッチで開発した最大の理由がこれだ。日本の法規制への準拠と、データ主権の確保。
APIを使う場合、データが外部サーバーを経由する。機密性の高い業務では、これが致命的になることもある。
⑤ 依存リスク
APIに依存すると、価格変更、サービス停止、方針変更のリスクがある。
Apple自身も「Geminiとの契約は一時的なもの」と位置づけていると報じられている。長期的なGoogle依存は避けたいからだ。
「AIの商社」になれた者が覇者になる
ここまで見てきた各社の戦略を俯瞰すると、もう一つの構図が浮かび上がる。
AIモデルを「作る」企業は、性能差でシビアに比較される。ベンチマークが数ポイント違うだけで市場の評価がひっくり返る。OpenAI、Google、Anthropic、Meta。どこも膨大な投資をしているのに、トップの座は数ヶ月で入れ替わる。
しかし「商社」のポジションを取った企業は、この消耗戦から一歩引いた場所にいる。
Googleはこの構図を最もうまく利用している。Geminiを自社で作りながら、AppleやSamsungに売っている。Apple経由でiPhoneユーザーに、Samsung経由でGalaxyユーザーに、自社のAIが浸透していく。モデルの性能競争に参加しつつ、販路も押さえている。
MicrosoftとAmazonも似た構造だ。自分でモデルを作る代わりに、OpenAIやAnthropicに投資して、Azure・AWS経由で企業に提供している。どのモデルが勝っても、流通を握っている側が利益を得る。
これはかつてのスマートフォン市場と似ている。端末メーカーが性能競争で消耗する中、OSを握ったGoogleとApple、半導体を握ったQualcommとTSMCが最も安定した利益を上げた。
AIの世界でも、モデルを「作る」競争は激しくなる一方だ。しかし、AIの流通網を押さえた「商社」は、どのモデルが勝っても恩恵を受けられる。次の時代の覇者は、最高のモデルを作った企業ではなく、AIを届けるインフラを握った企業かもしれない。
結局、どちらが正解なのか
正解は一つではない。企業の規模、資金力、事業の性質によって変わる。
ただ、一つ確かなことがある。
「AIを使わない」という選択肢は、もうない。
買うか作るか。投資して組むか。どの道を選ぶにせよ、AIとの向き合い方を決めなければいけない時期に来ている。
AI LIFEコミュニティでは、企業のAI導入戦略や最新のAI動向について日々共有しています。
「自社でどうAIを取り入れるか」に関心のある方は、ぜひご参加ください。