映画やドラマの作り方が、静かに変わり始めている。
AIの話というと、ChatGPTやClaude、画像生成AIのような「表舞台」が注目されがち。でも今、最も大きな変化が起きているのは、映像制作の「裏側」。
照明、色調整、VFX(視覚効果。CGや合成で映像を加工する技術)、吹き替え、モーションキャプチャ(俳優の動きをデジタルデータとして記録する技術)。観客からは見えない工程で、AIが当たり前のように使われ始めている。
映画制作の「従来の作り方」
まず、映画がどう作られているかを簡単に整理したい。
大きく分けて3つのフェーズがある。
- プリプロダクション(撮影前): 脚本の分析、絵コンテ作成、ロケハン、キャスティング、予算策定
- プロダクション(撮影): 実際の撮影。照明、カメラワーク、俳優の演技
- ポストプロダクション(撮影後): 編集、VFX、カラーグレーディング(映像全体の色味や明るさを調整する作業)、サウンドデザイン(効果音やBGMの設計)、吹き替え
このうち、特にコストと時間がかかるのがVFXとポストプロダクション。ハリウッド映画のVFX予算は1本あたり数十億円〜数百億円になることもある。
AIが変えている工程
今、AIがどの工程に入っているのか。具体的に見ていく。
照明を「後から変える」
撮影現場で「照明をもう少し変えたい」と思ったら、従来は撮り直し。追加で1日の撮影コストがかかる。
AIを使えば、撮影済みの映像から照明を後で変更できる。リライティング。数百万円の追加撮影が、数時間のAI処理で済む。
VFXの自動化
ロトスコーピング(映像の中から人物だけを切り抜く作業。1フレームずつ手作業で行う)やコンポジティング(切り抜いた人物とCG背景を合成する作業)は、従来は手作業で膨大な時間がかかっていた。AIツールを使うことで、VFX予算を20〜40%削減できるケースが報告されている。
Wonder Dynamics(Autodeskが買収)の「Wonder Studio」は、実写の俳優をCGキャラクターに自動で置き換える。モーションキャプチャ、ライティング、コンポジティングをAIが一括処理する。
モーションキャプチャが100分の1の価格に
従来のモーキャプ(モーションキャプチャの略)は専用スタジオで1日約750万円〜1,500万円(5万〜10万ドル)かかっていた。
しかしMove.aiなどのAIベースのマーカーレスモーキャプ(体にセンサーをつけずにカメラ映像だけで動きを読み取る方式)は、普通のカメラだけで動きを捕捉。コストは約75万円(5,000ドル)以下。約100分の1。
吹き替えの革命
Flawless AIの「TrueSync」は、吹き替え版の音声に合わせて俳優の口の動きをAIで変える。日本語吹き替え版でも、俳優が日本語を話しているように見える。
従来の吹き替えコストを約50%削減できるとされている。
声のクローン
Respeecher社のAI音声クローン技術は、「マンダロリアン」や「ボバ・フェットの書」で若きルーク・スカイウォーカーの声の再現に使われた。
故人の声を再現したり、俳優が再録音(ADR。撮影後にスタジオでセリフを録り直す作業)に来なくても仮音声を作ったりできる。
仮想プロダクション
「マンダロリアン」で有名になったLEDウォール(StageCraft)。スタジオの壁一面を巨大なLEDスクリーンで覆い、そこにリアルタイムでCG背景を映し出す技術。背景を映し出し、スタジオ内でロケーション撮影を再現する。
2025年末時点で世界に300以上のLEDボリュームステージ(LEDウォールを備えた撮影スタジオ)が存在。2023年の約150から2倍に増えた。制作予算を15〜25%削減できるケースもある。
業界全体でどれくらい使われているのか
数字で見ると、もう「一部の先進的な制作」ではなくなっている。
- 映画・エンタメ業界の経営幹部の約75%がAIを実験的または本番導入している(Deloitte 2024年調査)
- VFXハウスの60〜70%がAIツールを何らかの形で使用
- ストリーミングオリジナル作品の80%以上が、制作のどこかのフェーズでAIを利用(文字起こし、カラーマッチングなども含む)
- TV脚本家の30〜40%がChatGPTやClaude等をブレスト、リサーチ、台詞の下書きに使用(ただし公には認めない人が多い)
Netflixが約900億円で買ったAIスタートアップ
こうした流れの中で、象徴的な動きがあった。
2026年3月、Netflixがベン・アフレックのAIスタートアップ「InterPositive」を最大約900億円(6億ドル)で買収した。社員はたった16人。
(参考:TechCrunch)
InterPositiveは撮影済みの映像(デイリーズと呼ばれる、その日の撮影素材)からAIモデルを構築し、照明変更、カラー調整、VFX追加をポストプロダクションで実現する技術を持つ。
デヴィッド・フィンチャーがブラッド・ピット出演の新作映画で既に使用している。映像品質に異常なこだわりを持つフィンチャーが採用しているという事実が、技術の水準を証明している。
面白いのは、アフレック自身がかつてAIに反対していたこと。2023年のSAG-AFTRA(全米映画俳優組合)ストライキではAI反対の立場だった。
ただしInterPositiveがやっているのは、俳優の演技を置き換えるAIではなく、映像の技術的な処理を効率化するAI。「人間の創造性を置き換えるAI」には反対し、「制作工程を効率化するAI」で利益を得た。この線引きは、AI時代のクリエイティブ業界で重要になってくる考え方だと思う。
Netflixはこの技術を外販せず、自社のクリエイティブパートナーだけに提供する。コンテンツの質で勝負するNetflixにとって、制作効率と映像品質を同時に上げる技術は、競争における決定的な武器。
日本のアニメ業界でも
日本も例外ではない。むしろ最前線にいる。
2025年3月、アニメ「Twins HinaHima」が放送開始。全カットの95%以上でAIが使われた、事実上初の「AI制作アニメ」。ただしIMDb評価は3.1と厳しく、「魂がない」という声も多い。
東映アニメーションはAI企業Preferred Networksに約50億円を出資。写真をアニメ風背景に変換するAIツール「Scenify」で実験短編も制作した。ただし「One PieceにはAIを使わない」とファンの反発を受けて表明している。
MAPPAは「呪術廻戦」「チェンソーマン」のポストプロダクションにAIを導入。アクションシーンのカメラワーク生成やエフェクト自動化で、制作時間を35%削減したと報じられている。
一方で炎上も起きている。2025年11月、AmazonがAI生成の吹き替え版(「BANANA FISH」「ヴィンランド・サガ」等)を配信したところ、感情のない音声が酷評され、数日で削除に追い込まれた。
スタジオジブリの宮崎吾朗(駿の息子、取締役)は2025年4月にこう語っている。「2年以内にAIだけで作られた映画が登場しても驚かない。ただし、観客がそれを観たいかは別の話だ」
観客には見えない革命
表舞台では「AIが俳優を置き換えるか」「AIアートは芸術か」という派手な議論が続いている。
でも裏側では、映像制作の技術的な工程にAIが静かに、確実に入り込んでいる。
VFX予算20〜40%削減。モーキャプコスト100分の1。吹き替えコスト半減。
観客がNetflixやDisney+で見ている映像は、すでにAIの手が入っている。ほとんどの人がそれに気づいていないだけ。
AIの最も大きなインパクトは、ChatGPTのような「表舞台」ではなく、こうした「裏側」で起きているのかもしれない。
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