AIの進化が加速する中で、企業の採用戦略が真っ二つに分かれている。
AIの時代だから人を減らす企業と、AIの時代だからこそ人を増やす企業。
今、主流なのは圧倒的に「減らす」側だ。その理由と背景を整理した上で、あえて逆の戦略を取ったIBMの事例を紹介する。
「AIがあるなら、人はいらない」が主流になっている
2025年後半から2026年にかけて、AI導入を理由にした人員削減のニュースが後を絶たない。
LinkedInのデータでは、エントリーレベルの求人数は2022年のピーク時から大幅に減少している。テック業界では2023〜2024年の大規模レイオフの流れが続き、新卒・若手ポジションを削減しながら、AIエンジニアやMLエンジニアへの採用だけは維持するという二極化が進んでいる。
「AIで生産性が上がったのだから、同じ人数は必要ない」。これが今の主流な考え方だ。
採用を絞る企業の経営ロジック
この流れの背景には、いくつかの明確なロジックがある。
1つ目は、コスト構造の根本的な変化だ。
以前は新卒が数人がかりで数日かけていた市場調査やデータ整理が、AIを使えば数分で終わる。コードレビュー、議事録作成、定型メールの返信。こうしたジュニア層が担ってきた業務の多くが、AIでほぼ代替可能になった。
そうなると、経営者が考えるのは当然「その人件費をどこに振り向けるか」だ。年間数百万円の人件費をAIの利用料に置き換えれば、浮いた資金をAI基盤への投資や、より高度な人材の獲得に回せる。
2つ目は、ジュニアポジションそのものの消滅だ。
これは単に「人を減らしたい」という話ではない。そもそも新卒に任せていた仕事が存在しなくなりつつある。
従来の企業では、新卒はルーチンワークをこなしながら業務を覚え、3〜5年かけてミドル層に成長していくというパスがあった。そのルーチンワーク自体がAIに置き換わると、新卒を採用しても「やらせる仕事がない」という状態になる。OJTの土台そのものが崩れている。
3つ目は、少数精鋭モデルの台頭だ。
AIを徹底的に活用すれば、5人でやっていた仕事を1〜2人でこなせるようになる。実際にスタートアップの世界では、AIをフル活用した少人数チームが大企業と同等の成果を出すケースが増えている。
「人数で勝負する時代は終わった」。この認識は、特にテック企業の経営層に急速に広がっている。
削減が「うまくいった」企業と「後悔した」企業
ただし、削減すれば全てうまくいくわけではない。
HBR(ハーバード・ビジネス・レビュー)の調査では、「AIを理由に解雇した企業の55%が、結果として後悔している」というデータがある。
後悔の理由で多いのは、組織の知識やノウハウの喪失だ。AIが処理できるのはデータやタスクであって、「この顧客にはこう対応すべき」「このプロジェクトでは過去にこういう問題が起きた」といった暗黙知までは引き継げない。人を減らした瞬間は効率化できても、半年後・1年後に「あの人がいれば」という場面が積み重なっていく。
一方で、後悔していない45%の企業もある。こちらは、削減と同時にAI投資や組織再編を計画的に進めた企業が多い。単に人を減らしたのではなく、「何をAIに任せ、何を人間がやるか」を再定義した上で組織を組み替えた。
「何となく減らす」と後悔する。「設計して減らす」なら機能する。この差は大きい。
一方、IBMは新卒採用を3倍に増やした
業界全体が採用を絞る中で、真逆の方針を打ち出した企業がある。IBMだ。
2026年2月12日、IBMは2026年の米国における新卒・エントリーレベルの採用を3倍に増やすと発表した。
(参考:IBM is tripling Gen Z entry-level jobs — Fortune)
IBMのCHRO(最高人事責任者)ニッケル・ラモーロ氏は、こう語っている。
「3〜5年後に最も成功している企業は、今この環境で新卒採用を倍増させた企業だ」
IBMが見ている「5年後の組織の空洞化」
IBMの戦略の根底にあるのは、人材パイプラインの危機感だ。
今、多くの企業がジュニア層の採用を絞っている。短期的にはコスト削減になる。でも、ジュニアを採用しなければ3〜5年後にミドル層がいなくなる。ミドルがいなければリーダーが育たない。
今の「効率化」が、5年後の「組織の空洞化」を引き起こすリスクがある。IBMはそのリスクに先手を打とうとしている。
(参考:IBM will hire your entry-level talent in the age of AI — TechCrunch)
これは単なる「人数を増やす」話ではない。IBMが描いているのは、新卒の役割の再定義だ。
- コードを書く → AIの出力を監督する。AIが生成したコードの品質をレビューし、ビジネス要件と照らし合わせて判断する
- データを集めて整理する → 顧客と直接関わる。AIがデータ処理を担う分、人間はクライアントの課題を深く理解し、解決策を提案する役割に集中する
- 調査・リサーチ → より高い価値判断を行う。情報収集はAIに任せ、その情報をもとに戦略的な意思決定を行う
つまり「AIにできない仕事をする人材」を今から育てるという戦略。教育コストはかかるが、5年後の人材パイプラインを今止めるわけにはいかない、という判断だ。
他社が採用を絞った分、優秀な若手人材が市場に余っている。IBMはこのタイミングを「人材獲得のチャンス」と捉えている。競合が手を引いた領域に、あえて踏み込む。経営戦略としては合理的だ。
皮肉なのは、IBM自身も3年前は逆だったこと
面白いのは、IBM自身が3年前には真逆のことを言っていたということだ。
2023年、CEOのアービンド・クリシュナ氏はバックオフィスの採用を凍結し、AIで約7,800の職を置き換えると明言した。「5年以内に約30%のポジションをAIで代替できる」という見通しだった。
(参考:IBM to freeze hiring as CEO expects AI to replace 7800 jobs — Al Jazeera)
それが3年後の今、新卒採用を3倍に増やすと言っている。
おそらくIBMの中でも、この3年間で「AIだけでは回らない業務」の輪郭が見えてきたのだと思う。実際にAIを大規模導入してみて初めて、「ここは人間が必要だ」「ここは育てないと回らない」という現実が分かってきた。
AI時代の最適な人材戦略は、まだ誰にも確定できていない。IBMほどの企業でも、3年で方針が180度変わっている。
日本企業にとっての意味
この話は、日本企業にとっても示唆が大きい。
日本では少子化による人手不足がすでに深刻だ。AIの導入を「人を減らす理由」に使うのか、「人の役割を変える手段」として使うのか。この選択は、5年後の組織の姿を大きく変えることになる。
IBMのように「AI時代だからこそ人を育てる」という選択もある。採用を絞って少数精鋭で戦う選択もある。どちらにも一理あるし、業種や企業規模によって最適解は違うだろう。
はっきりしているのは、「AIが来たから何となく人を減らす」「何となく今まで通り採用する」では、どちらもうまくいかないということだ。
削減するなら「なぜ減らすのか、浮いた資源をどこに振り向けるのか」。増やすなら「新しい役割をどう定義し、どう育てるのか」。どちらの道を選ぶにせよ、明確な意図と設計が必要になる。
IBM CHROの言葉を借りれば、「今のこの環境で何を選ぶかが、3〜5年後を決める」。答えは出ていない。でも、考えることを止めるわけにはいかない。